横浜地方裁判所横須賀支部 昭和32年(わ)211号 判決 1958年2月21日
被告人 西村栄富こと 鄭栄富
主文
被告人を懲役壱年に処する。
但し未決勾留日数中参拾日を右本刑に算入する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
本件公訴事実中公文書毀棄の点につき被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三十二年十月二十五日午前五時頃横須賀市若松町二丁目七番地ふじ遊技場こと原君子方において、同人所有の味の素二十四個外二十五点(時価合計四千四百十五円相当)を窃取したものである。
(証拠の標目)(略)
(累犯関係の前科)(略)
(法令の適用)(略)
(公文書毀棄の公訴事実に対する判断)
本件公訴事実中「被告人は昭和三十二年十月二十五日横須賀市小川町十番地横須賀警察署において、前記窃盗事案につき被告人が作成し同署勤務司法巡査中村衛に提出し同巡査の保管に係る押収品目録領収書一通を破り捨て以て公務所の用に供する文書を毀棄したものである。」との点について案ずるに、証人中村衛の当公判廷における供述並に領置にかかる押収品目録領収書(昭和三十二年領支第八十九号の二)によれば、右日時場所において右警察署勤務司法巡査中村衛が、前段認定の被告人の窃盗事件につき被告人から同事件の証拠物を押収した際その押収品目録交付書を被告人に交付すると共に不動文字で印刷してあつた「押収品目録領収書」用紙に必要事項を記入した上被告人に対しこれに住所を記入し署名押印の上差し出されたい旨を告げ、右「押収品目録領収書」用紙を手交しその署名押印方を求めたところ、被告人はこれに応ぜずその「押収品目録領収書」用紙を前記押収品目録交付書と共に、その場において破り捨てたことが認められる。思うに、刑法上にいわゆる文書とは、文字又は記号により表現された或る名義人の思想の記載であつて、文書には必らずこれによつて表現される思想の持ち主たる主体すなわち名義人がなければならない。本件についてこれをみるに、被告人が破り捨てた右「押収品目録領収書」には、未だ被告人がこれに署名押印をしていないのでその名義人がなく、その文面上これに何人の思想が表現されているか識別することができないから、これを刑法第二百五十八条にいわゆる文書ということはできないばかりでなく、右「押収品目録領収書」なるものは、被告人から右巡査に提出される前すなわち同巡査の保管に移る前、被告人の手中にある間に破り捨てられたものであるから、これを「公務所の用に供する」ものということはできない。他に右認定を覆えし右公訴事実を肯認すべき何等の証拠もない。されば右公訴事実は犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第三百三十六条に則りこの点につき被告人に対し無罪の言渡をなすべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 上泉実)